直木賞の選考経過を説明する選考委員の伊集院静さん
一流エンターテインメント作家は会見もやはり娯楽性十分だった。そんなことを16日、東京・築地の料亭「新喜楽」で行われた第158回芥川賞と直木賞(日本文学振興会主催)選考会の取材の際に思った。
直木賞には3度目の候補だった門井慶喜さん(46)「銀河鉄道の父」(講談社刊)が輝いた。人気バンド「SEKAI NO OWARI(セカイノオワリ)」のSaoriとして活動する藤崎彩織さん(31)も処女作「ふたご」(文藝春秋刊)で、いきなり初候補に挙がっていたが、受賞は逃した。
9人の直木賞選考委員を代表して選考経過の説明会見に登場したのが、伊集院静さん(67)だった。
冒頭、門井さんの受賞理由について「大体、投票で決まった。圧倒的に門井さんの作品が約7割を占めていましたね」と選考経過を赤裸々に明かすと、「後の4作品は1軍半くらいのところで横並びだったね。2軍と言わないところが私の優しいところで」と、さすがは立教大野球部出身。元ヤンキースの松井秀喜氏(43)とも親交の深い野球大好き作家らしいストレートな例えで笑いを誘った。
この日の会見場、新喜楽の大広間にはSaoriの受賞を期待して、スポーツ新聞の音楽担当記者も数人、駆けつけていた。質問も自然と「1軍半」と評された4人の作家のうちの1人、Saoriに集中した。
「藤崎さんは才能があって、感性もある。ただ、初めての作品ということで小説の形としては完成度が足りないんじゃないか」と切り出した伊集院さん。
Saoriが5年かけて執筆したという「ふたご」のストーリーを紹介する。
主人公は、いつも一人ぼっちでピアノだけが友達だった夏子。不良っぽく見えるが、人一倍感受性の強い月島に惹かれる夏子。月島は自分たちのことを「ふたごのようだと思っている」と言う。しかし、常に滅茶苦茶な行動で夏子を困惑させる月島は夏子の友達と恋愛関係となり、夏子を苦しめる。それでも月島に惹かれる夏子は誘われるままにバンドに入り、彼の仲間と共同生活を行う―。
交際していた時期もあるという「セカオワ」のFukase(32)とSaoriの関係をそのまま思わせるストーリー。伊集院さんはじっくり読み込んだ上で「真実であるようなことが書かれている。あるものをそのまま書くと物語はきれいに見えるが、物事があいまいになって見えなくなる。ただ、最初に書いた作品としては非常に才能があるという評価がありました」と言葉を紡いだ。
「彼女は素晴らしい楽曲に出会ってきたと思うけど、今後は素晴らしい小説に出会うといい。素晴らしい才能です。音楽業界の方が芸人より純粋だったということでしょうね。物の見方に才能を感じた。まっすぐ見ようという前向きなところが感じられるのが良かったと思う」と一見、15年「火花」で芥川賞を受賞した又吉直樹(37)を揶揄するかのような発言も飛び出したが、これもリップサービスの一つだろう。
一方で出版不況の中、手っ取り早くヒット作を生み出そうという狙いのもと、話題性優先で候補作に入れたかにも見える点については、「(議論は)それはありましたよ。選考会でも『(候補作入りは)どういうことなんだ!』と。何かがあるから(候補に)残したというのは斟酌しないと。そんなことを争っていては(議論が)長くなりますけど」―。直木賞を主催し、「ふたご」の版元でもある文藝春秋の事情を忖度する言葉まで飛び出した。
「藤崎さんが小説がいかに面白いか気づかれたら、もっと素晴らしい作家になると思う。音楽より作家の方がいいと思う。作家には解散はありませんし、世界が終わるということもありませんから。これまでに素晴らしい楽曲と出会ってきたように、素晴らしい小説と出会うと、もっと素晴らしい作家になれると思う」と「セカオワ」のグループ名まで盛り込み、Saoriの作家としての将来性を評価した伊集院さん。
音楽界からの文学界参入についても「文学の方が高尚という発想はしない。特に若い、違う世界の人が入ってくるのは素晴らしいことだと思う。(そうした新しい動きに)若い編集者が追いついて、新しいものを提供してくれるのを楽しみにしています。我々はそういうものを非常に期待しています。プロ野球選手が入ってくれてもかまわない。あり得ないでしょうけど」と、先細る一方の出版業界にエールを送る発言で選評会見を締めくくった。
最初から最後まで約10分続いた“伊集院劇場”。一流作家の選評は、やはり一流の娯楽たり得ることを教えられた時間だった。
伊集院さんと言えば、直木賞、柴田錬三郎賞始め数々の賞に輝いてきたトップ作家。私自身、「受け月」「星月夜」「いねむり先生」など一晩で一気に読んだ作品も多いが、小説以上に一時、座右の書にしていたのが、8年前に出版された人生相談集「悩むが花」(文藝春秋刊)だった。
親しい人の死にショックを受け、仕事で悩んだりした時に伊集院さんの厳しくも優しい言葉の数々、例えば「人生は残酷という瓦礫の上を歩くもんだ」、「悲しみには必ず終わりが来る」、「揺さぶられた時にこそ、男の真価は問われるぞ」、「生きることは働くこと。働くことは誰かのため」―。人生の哲人の、真摯な言葉に心底、励まされたものだった。
伊集院さん自身が85年に急性骨髄性白血病のため、前妻で女優の夏目雅子さん(享年27)を失った際、1年以上に渡って「なぜ、私なんだ」と落ち込み続けたことも知っているからこそ、その言葉の数々は、しっとりと心に落ちてきた。
そんな大人の作家が選評会見で、Saoriについて語った10分間。確かな作家経験の元、口にされた新人作家を励ます優しい言葉の数々。なんて、幸せな人なんだろう―。Saoriのことが心の底からうらやましくなった。(記者コラム・中村 健吾)
一流エンターテインメント作家は会見もやはり娯楽性十分だった。そんなことを16日、東京・築地の料亭「新喜楽」で行われた第158回芥川賞と直木賞(日本文学振興会主催)選考会の取材の際に思った。
直木賞には3度目の候補だった門井慶喜さん(46)「銀河鉄道の父」(講談社刊)が輝いた。人気バンド「SEKAI NO OWARI(セカイノオワリ)」のSaoriとして活動する藤崎彩織さん(31)も処女作「ふたご」(文藝春秋刊)で、いきなり初候補に挙がっていたが、受賞は逃した。
9人の直木賞選考委員を代表して選考経過の説明会見に登場したのが、伊集院静さん(67)だった。
冒頭、門井さんの受賞理由について「大体、投票で決まった。圧倒的に門井さんの作品が約7割を占めていましたね」と選考経過を赤裸々に明かすと、「後の4作品は1軍半くらいのところで横並びだったね。2軍と言わないところが私の優しいところで」と、さすがは立教大野球部出身。元ヤンキースの松井秀喜氏(43)とも親交の深い野球大好き作家らしいストレートな例えで笑いを誘った。
この日の会見場、新喜楽の大広間にはSaoriの受賞を期待して、スポーツ新聞の音楽担当記者も数人、駆けつけていた。質問も自然と「1軍半」と評された4人の作家のうちの1人、Saoriに集中した。
「藤崎さんは才能があって、感性もある。ただ、初めての作品ということで小説の形としては完成度が足りないんじゃないか」と切り出した伊集院さん。
Saoriが5年かけて執筆したという「ふたご」のストーリーを紹介する。
主人公は、いつも一人ぼっちでピアノだけが友達だった夏子。不良っぽく見えるが、人一倍感受性の強い月島に惹かれる夏子。月島は自分たちのことを「ふたごのようだと思っている」と言う。しかし、常に滅茶苦茶な行動で夏子を困惑させる月島は夏子の友達と恋愛関係となり、夏子を苦しめる。それでも月島に惹かれる夏子は誘われるままにバンドに入り、彼の仲間と共同生活を行う―。
交際していた時期もあるという「セカオワ」のFukase(32)とSaoriの関係をそのまま思わせるストーリー。伊集院さんはじっくり読み込んだ上で「真実であるようなことが書かれている。あるものをそのまま書くと物語はきれいに見えるが、物事があいまいになって見えなくなる。ただ、最初に書いた作品としては非常に才能があるという評価がありました」と言葉を紡いだ。
「彼女は素晴らしい楽曲に出会ってきたと思うけど、今後は素晴らしい小説に出会うといい。素晴らしい才能です。音楽業界の方が芸人より純粋だったということでしょうね。物の見方に才能を感じた。まっすぐ見ようという前向きなところが感じられるのが良かったと思う」と一見、15年「火花」で芥川賞を受賞した又吉直樹(37)を揶揄するかのような発言も飛び出したが、これもリップサービスの一つだろう。
一方で出版不況の中、手っ取り早くヒット作を生み出そうという狙いのもと、話題性優先で候補作に入れたかにも見える点については、「(議論は)それはありましたよ。選考会でも『(候補作入りは)どういうことなんだ!』と。何かがあるから(候補に)残したというのは斟酌しないと。そんなことを争っていては(議論が)長くなりますけど」―。直木賞を主催し、「ふたご」の版元でもある文藝春秋の事情を忖度する言葉まで飛び出した。
「藤崎さんが小説がいかに面白いか気づかれたら、もっと素晴らしい作家になると思う。音楽より作家の方がいいと思う。作家には解散はありませんし、世界が終わるということもありませんから。これまでに素晴らしい楽曲と出会ってきたように、素晴らしい小説と出会うと、もっと素晴らしい作家になれると思う」と「セカオワ」のグループ名まで盛り込み、Saoriの作家としての将来性を評価した伊集院さん。
音楽界からの文学界参入についても「文学の方が高尚という発想はしない。特に若い、違う世界の人が入ってくるのは素晴らしいことだと思う。(そうした新しい動きに)若い編集者が追いついて、新しいものを提供してくれるのを楽しみにしています。我々はそういうものを非常に期待しています。プロ野球選手が入ってくれてもかまわない。あり得ないでしょうけど」と、先細る一方の出版業界にエールを送る発言で選評会見を締めくくった。
最初から最後まで約10分続いた“伊集院劇場”。一流作家の選評は、やはり一流の娯楽たり得ることを教えられた時間だった。
伊集院さんと言えば、直木賞、柴田錬三郎賞始め数々の賞に輝いてきたトップ作家。私自身、「受け月」「星月夜」「いねむり先生」など一晩で一気に読んだ作品も多いが、小説以上に一時、座右の書にしていたのが、8年前に出版された人生相談集「悩むが花」(文藝春秋刊)だった。
親しい人の死にショックを受け、仕事で悩んだりした時に伊集院さんの厳しくも優しい言葉の数々、例えば「人生は残酷という瓦礫の上を歩くもんだ」、「悲しみには必ず終わりが来る」、「揺さぶられた時にこそ、男の真価は問われるぞ」、「生きることは働くこと。働くことは誰かのため」―。人生の哲人の、真摯な言葉に心底、励まされたものだった。
伊集院さん自身が85年に急性骨髄性白血病のため、前妻で女優の夏目雅子さん(享年27)を失った際、1年以上に渡って「なぜ、私なんだ」と落ち込み続けたことも知っているからこそ、その言葉の数々は、しっとりと心に落ちてきた。
そんな大人の作家が選評会見で、Saoriについて語った10分間。確かな作家経験の元、口にされた新人作家を励ます優しい言葉の数々。なんて、幸せな人なんだろう―。Saoriのことが心の底からうらやましくなった。(記者コラム・中村 健吾)