↑今季の日本一の日本ハムはデータ活用に積極的なチームの一つ
プロ野球を「データ」の波が襲っている。投手が投げた球種やボールの回転数を自動計測する「トラッキング」導入を各球団が続々と決断しており、球界は“ID野球”以来の歴史的な転換点を迎えている。各球団はこれまでのデータ分析を担った「スコアラー」に加え、データ処理に長けた「アナリスト」の囲い込みにほん走している。
多くのファンが「データ野球」と聞いて思い浮かべるのは「野村ID野球」だろう。90年代半ばにヤクルト・野村監督が持ち込み、その後球界のスタンダードとなった。例えば「2ストライク後に多い球種」「けん制が多いタイミング」「打者の弱点」「投手がよく打たれる球種とゾーン」などのデータがベンチに持ち込まれた。投手交代のタイミングで打者が一旦ベンチに戻り、コーチと資料を見直しているシーンを目にしたファンも多いだろう。
今回のデータ化の波は、これまではざっくりと「重いボールを投げる投手」「伸びのある直球」と語られていたものを数値としてはじき出せるようになったことだ。選手の評価や分析がより正確に統一の基準でできる。トラッキングでは、ボールの「回転数」や「回転軸」「球速」「リリースポイント」や「打球速度」「打球の角度」「飛距離」などを自動で計測できる。さらに「リリースポイント」が普段と異なっていたりするのを早期に発見することで、ケガの予防にもつながる。導入の利点として、プロ野球関係者は「回転数の変化を見ることで、投手が疲れてきたタイミングも分かる」と話す。
このデータを計測しているのは、米軍の迎撃ミサイル「パトリオット」開発で生まれた追尾技術を民生利用した「トラックマン」。14年に楽天が導入し、その後導入する球団が増加。さらに今オフも複数球団で導入が予定されており、現時点では導入していない球団の方が少なくなった。導入しない理由も「計測時にフェンスが邪魔なってしまう」などとなっている。
この分野の研究の第一人者である国学院大人間開発学部助教の神事努さんは「打者がボールが重い」と感じる理由として「球筋を想像してバットを振っている。ところが、ホールの回転数や回転軸が予想と異なり『ボールが垂れる』と、ボールはバットの下に当たりゴロが多くなる。打者は予想したポイントと違う位置でボールをバットに当て、手がしびれて『ボールが重い』と感じる」と説明。そして収集するデータを積み重ねることで「最適なボールの変化量を導き出すことができる」と解説する。例えば、ボールが垂れるタイプの投手のメンドーサ(日本ハム)は、打者の予測よりバットの下に当たることが多いのでゴロが多くなるのを証明できる。
米国ではMLBが主導して類似システムの「PITCHf/x」を導入。各球団にデータを提供しているほか、ファンにも取得したデータの一部を公開している。ファンも提供されたデータを元に選手を独自評価してブログなどで発表するほか、メディアでも数値化されたデータを元にした記事も掲載されている。
神事さんが描く将来の姿は、データによるセルフコーチングが可能となること。ブルペンで数値を計測して1球ごと表示させることで、投手はコーチの言葉ではなく視覚で自らのボールを正確に知ることができる。そうするとコーチの仕事は、選手のモチベーションを高める表現力が重視されるようになるかもしれない。
これら球界で用いられるデータの最新研究は、12月17日に東京・江東区の「日本科学未来館」で行われる「スポーツアナリティクスジャパン2016」(http://jsaa.org/)内のセッションで「テクノロジー最前線 ~トラッキングデータの活用~」として神事さんとデータスタジアム社の金沢慧氏が登壇し、レンジャーズ・ダルビッシュ投手をデータ面で解析した発表などが行われる。
◆米国の先行事例から感じる3つの課題
米国での先行事例をもとに記者が感じている日本での課題としては、(1)地方球場での開催が多い(2)試合中のデータ持ち込み禁止(3)オープンデータではないの3点がある。(1)は興行の都合上、トラッキングシステムを導入できないことがある。また全本拠地で導入されていないので、ある程度の欠損データが出てしまう。(2)は現在、アグリーメントで試合中に外部と情報のやりとりが禁止されている。元々は「サイン盗み」に対する規制だったが、リアルタイムデータの普及で今後球界で議論が沸き起こるかもしれない。(3)はファンやメディアにとって切実な問題だ。自由に使えるデータがあれば、情報処理に長けたファンが自ら選手評価指標を作ることができ、新たな野球の見方を創造することができる。
(3)の例として、画像のグラフはレンジャーズ・ダルビッシュ投手のカウント1ボール2ストライク、2ボール2ストライクで投じられたフォーシームの初速をひじ手術前の2014年(青色)と手術後の2016年(ピンク色)を記者がPITCHf/xのデータを元に統計ソフトRのパッケージ「pitchRx」を使って比較したもの。手術後の方が球速が上がっていることが一目瞭然。MLBではこれらのオープンデータをファンが自由に使える。まだ発展途上の分野なので“外野”の活躍は欠かせないだろう。
↑青色が2014年、ピンク色が2016年のダルビッシュのフォーシーム初速(カウント1―2、2―2)手術後の方が球速が増しているのが分かる
◆プロ野球のデータ導入変遷
(1980年代まで)専用の紙に重ね書きの時代
1950年代に南海がスコアラーを導入したのがデータ野球のきっかけ。大阪毎日新聞の記者だった尾張久次氏が自ら集めたデータを当時監督だった鶴岡一人氏に手渡して興味を持たれたこと。その後、パソコンが普及する前は、試合中にバックネット裏に陣取ったスコアラーがストライクゾーンを9分割した専用の用紙に手書きでコースを球種を記載。試合後に、改めて投手別やカウント別などに清書していた。手書きの紙なので、チームの遠征が続く時は新幹線などに乗って宿泊先のホテルで、カードごとに集められたデータを手渡すこともあった。また人力での作業量には時間の限界があった。パソコンが普及する以前も、一部球団ではコンピューターを利用したデータ処理を検討したが、膨大な開発費用とコンピューターに精通した専用の入力者が必要なため断念していた。
(1990年代半ば)最初のデータ化の波
90年代半ばに革命的な出来事が起きる。それまで手書きしていたデータを、タッチパネル式のパソコンに入力して処理する「スコアメーカー」という製品を、ベンチャー企業の「アソボウズ」社が開発した。早速、ヤクルトやロッテなどの球団が導入。データ化の波の最初の“被害者”は95年のオリックスだった。阪神大震災の年、パ・リーグ優勝に王手をかけたグリーンスタジアムでの2位・ロッテ3連戦でまさかの3連敗。さらに日本シリーズでは、首位打者・イチローが完全に封じられた。このヤクルトやロッテがのオリックスに対する勝利は「スコアメーカー」で分析した選手の弱点データを生かされていた。その後、各球団も導入しスコアラーが入力して分析。さらに一般ファンも、インターネットのスコア速報などで「9分割」データを目にするようになった。なお球種を見分けるのは、プロは各球団のスコアラーの目。一般向けデータはデータ配信元が雇うアルバイトがTVを見ながら入力している。
(2000年代)米国でPITCHf/x登場
海の向こうで、革命的なできごとが起きる。MLBが2007年より、球場に設置した3台の専用カメラでボールを追尾して、球種やコース、球種などを記録し、ボールの回転数を計算ではじき出す「PITCHf/x」というシステムが全球場に導入された。これまで感覚的に「伸びるボール」「重いボール」などと語っていたものを、データとして分析することが可能に。またストライクゾーンも機械により精密に判定できるため、球審のクセなども分かるようになった。同システムで取得されたデータの一部は、ファン向けにも「https://baseballsavant.mlb.com/」で公開されているほか、統計ソフト「R」では野球ファンが開発したパッケージ「pitchRx」もあり独自の分析の可能となるなど、オープンデータ化が進んでいる。(メディア局コンテンツ編集部・田中 孝憲=@CFgmb)
プロ野球を「データ」の波が襲っている。投手が投げた球種やボールの回転数を自動計測する「トラッキング」導入を各球団が続々と決断しており、球界は“ID野球”以来の歴史的な転換点を迎えている。各球団はこれまでのデータ分析を担った「スコアラー」に加え、データ処理に長けた「アナリスト」の囲い込みにほん走している。
多くのファンが「データ野球」と聞いて思い浮かべるのは「野村ID野球」だろう。90年代半ばにヤクルト・野村監督が持ち込み、その後球界のスタンダードとなった。例えば「2ストライク後に多い球種」「けん制が多いタイミング」「打者の弱点」「投手がよく打たれる球種とゾーン」などのデータがベンチに持ち込まれた。投手交代のタイミングで打者が一旦ベンチに戻り、コーチと資料を見直しているシーンを目にしたファンも多いだろう。
今回のデータ化の波は、これまではざっくりと「重いボールを投げる投手」「伸びのある直球」と語られていたものを数値としてはじき出せるようになったことだ。選手の評価や分析がより正確に統一の基準でできる。トラッキングでは、ボールの「回転数」や「回転軸」「球速」「リリースポイント」や「打球速度」「打球の角度」「飛距離」などを自動で計測できる。さらに「リリースポイント」が普段と異なっていたりするのを早期に発見することで、ケガの予防にもつながる。導入の利点として、プロ野球関係者は「回転数の変化を見ることで、投手が疲れてきたタイミングも分かる」と話す。
このデータを計測しているのは、米軍の迎撃ミサイル「パトリオット」開発で生まれた追尾技術を民生利用した「トラックマン」。14年に楽天が導入し、その後導入する球団が増加。さらに今オフも複数球団で導入が予定されており、現時点では導入していない球団の方が少なくなった。導入しない理由も「計測時にフェンスが邪魔なってしまう」などとなっている。
この分野の研究の第一人者である国学院大人間開発学部助教の神事努さんは「打者がボールが重い」と感じる理由として「球筋を想像してバットを振っている。ところが、ホールの回転数や回転軸が予想と異なり『ボールが垂れる』と、ボールはバットの下に当たりゴロが多くなる。打者は予想したポイントと違う位置でボールをバットに当て、手がしびれて『ボールが重い』と感じる」と説明。そして収集するデータを積み重ねることで「最適なボールの変化量を導き出すことができる」と解説する。例えば、ボールが垂れるタイプの投手のメンドーサ(日本ハム)は、打者の予測よりバットの下に当たることが多いのでゴロが多くなるのを証明できる。
米国ではMLBが主導して類似システムの「PITCHf/x」を導入。各球団にデータを提供しているほか、ファンにも取得したデータの一部を公開している。ファンも提供されたデータを元に選手を独自評価してブログなどで発表するほか、メディアでも数値化されたデータを元にした記事も掲載されている。
神事さんが描く将来の姿は、データによるセルフコーチングが可能となること。ブルペンで数値を計測して1球ごと表示させることで、投手はコーチの言葉ではなく視覚で自らのボールを正確に知ることができる。そうするとコーチの仕事は、選手のモチベーションを高める表現力が重視されるようになるかもしれない。
これら球界で用いられるデータの最新研究は、12月17日に東京・江東区の「日本科学未来館」で行われる「スポーツアナリティクスジャパン2016」(http://jsaa.org/)内のセッションで「テクノロジー最前線 ~トラッキングデータの活用~」として神事さんとデータスタジアム社の金沢慧氏が登壇し、レンジャーズ・ダルビッシュ投手をデータ面で解析した発表などが行われる。
◆米国の先行事例から感じる3つの課題
米国での先行事例をもとに記者が感じている日本での課題としては、(1)地方球場での開催が多い(2)試合中のデータ持ち込み禁止(3)オープンデータではないの3点がある。(1)は興行の都合上、トラッキングシステムを導入できないことがある。また全本拠地で導入されていないので、ある程度の欠損データが出てしまう。(2)は現在、アグリーメントで試合中に外部と情報のやりとりが禁止されている。元々は「サイン盗み」に対する規制だったが、リアルタイムデータの普及で今後球界で議論が沸き起こるかもしれない。(3)はファンやメディアにとって切実な問題だ。自由に使えるデータがあれば、情報処理に長けたファンが自ら選手評価指標を作ることができ、新たな野球の見方を創造することができる。
(3)の例として、画像のグラフはレンジャーズ・ダルビッシュ投手のカウント1ボール2ストライク、2ボール2ストライクで投じられたフォーシームの初速をひじ手術前の2014年(青色)と手術後の2016年(ピンク色)を記者がPITCHf/xのデータを元に統計ソフトRのパッケージ「pitchRx」を使って比較したもの。手術後の方が球速が上がっていることが一目瞭然。MLBではこれらのオープンデータをファンが自由に使える。まだ発展途上の分野なので“外野”の活躍は欠かせないだろう。
↑青色が2014年、ピンク色が2016年のダルビッシュのフォーシーム初速(カウント1―2、2―2)手術後の方が球速が増しているのが分かる
◆プロ野球のデータ導入変遷
(1980年代まで)専用の紙に重ね書きの時代
1950年代に南海がスコアラーを導入したのがデータ野球のきっかけ。大阪毎日新聞の記者だった尾張久次氏が自ら集めたデータを当時監督だった鶴岡一人氏に手渡して興味を持たれたこと。その後、パソコンが普及する前は、試合中にバックネット裏に陣取ったスコアラーがストライクゾーンを9分割した専用の用紙に手書きでコースを球種を記載。試合後に、改めて投手別やカウント別などに清書していた。手書きの紙なので、チームの遠征が続く時は新幹線などに乗って宿泊先のホテルで、カードごとに集められたデータを手渡すこともあった。また人力での作業量には時間の限界があった。パソコンが普及する以前も、一部球団ではコンピューターを利用したデータ処理を検討したが、膨大な開発費用とコンピューターに精通した専用の入力者が必要なため断念していた。
(1990年代半ば)最初のデータ化の波
90年代半ばに革命的な出来事が起きる。それまで手書きしていたデータを、タッチパネル式のパソコンに入力して処理する「スコアメーカー」という製品を、ベンチャー企業の「アソボウズ」社が開発した。早速、ヤクルトやロッテなどの球団が導入。データ化の波の最初の“被害者”は95年のオリックスだった。阪神大震災の年、パ・リーグ優勝に王手をかけたグリーンスタジアムでの2位・ロッテ3連戦でまさかの3連敗。さらに日本シリーズでは、首位打者・イチローが完全に封じられた。このヤクルトやロッテがのオリックスに対する勝利は「スコアメーカー」で分析した選手の弱点データを生かされていた。その後、各球団も導入しスコアラーが入力して分析。さらに一般ファンも、インターネットのスコア速報などで「9分割」データを目にするようになった。なお球種を見分けるのは、プロは各球団のスコアラーの目。一般向けデータはデータ配信元が雇うアルバイトがTVを見ながら入力している。
(2000年代)米国でPITCHf/x登場
海の向こうで、革命的なできごとが起きる。MLBが2007年より、球場に設置した3台の専用カメラでボールを追尾して、球種やコース、球種などを記録し、ボールの回転数を計算ではじき出す「PITCHf/x」というシステムが全球場に導入された。これまで感覚的に「伸びるボール」「重いボール」などと語っていたものを、データとして分析することが可能に。またストライクゾーンも機械により精密に判定できるため、球審のクセなども分かるようになった。同システムで取得されたデータの一部は、ファン向けにも「https://baseballsavant.mlb.com/」で公開されているほか、統計ソフト「R」では野球ファンが開発したパッケージ「pitchRx」もあり独自の分析の可能となるなど、オープンデータ化が進んでいる。(メディア局コンテンツ編集部・田中 孝憲=@CFgmb)