↑どこにでもいる阪神ファン、どこへでも行くロッテファン――。野球界はそんな熱心なファンに支えられている。野球に人生をささげた彼ら・彼女らはどんな生活を送っているのか
日本のプロ野球にあってメジャーにないもの――。外野に陣取る私設応援団はその代表格だろう。外野の応援は、トランペットや鳴り物を使う私設応援団と、その私設応援団のすぐそばに陣取る外野の常連たちによって成立している。おそらくはかなり高い頻度で球場に来ているであろう、私設応援団やそれを取り巻く外野の常連たちは、いったいどんな属性の人たちなのだろうか。
2006年シーズン以降、登録申請が必要に
かつては私設応援団が不当に外野自由席を占領し、一般客に転売するショバ屋行為や、応援グッズを不正販売するといった行為が横行していたし、私設応援団同士の小競り合いも日常茶飯事だった。
そういったトラブルの多くは暴力団関係者を幹部とする私設応援団が引き起こしていたわけだが、暴力団対策法の施行以降、各球団が警察と連携を図って徹底した排除を実施。2006年シーズン以降は、球団を通じて日本野球機構に登録を申請し、許可を受けた私設応援団のみが活動できるようになった。
申請書には団体名、代表者の氏名、団体の連絡先、構成員についてもその人数、氏名、住所、連絡先を記入するだけでなく、顔写真の添付も求められる。許可を受けた私設応援団に支給されるIDカードも個人単位で写真入り。球場内では常に携帯することが義務付けられている。
中日ドラゴンズの私設応援団員が球場への入場を禁じられ、日本野球機構と12球団を相手取って、入場禁止措置の取消と慰謝料を求めて訴えた裁判も、2013年2月、最高裁が原告の上告を棄却。原告敗訴が確定している。
応援団が活動できる場所も外野スタンド内の指定エリア内のみ。かつては外野のみならず、内野にも私設応援団のおじさんがやってきて観客を盛り上げていたのに、最近はまったく見かけなくなったのは、どうやらこのためだったのか。もっともショバ屋行為やグッズの不正販売等で利益を得ていたのは一部の応援団員であって、今はもちろん、昔も基本的に私設応援団の活動は完全なボランティア。チケット代も交通費も自腹。それでいて献身的な応援をする。
年齢層も職業もさまざま ↓
この私設応援団の活動を研究テーマに据えた学者がいる。奈良教育大学の高橋豪仁教授である。スポーツ社会学者である高橋教授は、私設応援団の活動が集団形成上極めてユニークであることに着目。フィールドワークのために、トランペットの練習までして自ら応援団に加入した経験を持つ。
高橋教授が私設応援団に着目したのは今から29年前。修士論文のテーマ探しのために神宮球場へ行き、ビニール傘の応援を考案した、ヤクルトスワローズの名物応援団長・岡田正泰氏(故人)が観客を鼓舞する姿を目の当たりにした。
バラエティに富む私設応援団の面々
高橋教授が奈良教育大赴任を期に、甲子園球場で活動する広島東洋カープの応援団「神戸中央会」に入会したのは1998年。「トランペットを吹きたい」と言って入会した。私設応援団に参加している人の属性は極めてバラエティに富んでいて、性別も年齢層もまちまち。学生や主婦、大企業の営業マン、中小企業の経営者、職人など、職業もいろいろ。時間に縛られるごく普通のサラリーマンが参加しているのは、参加回数を強制するような力学が働いていないからだろう。
比較的規模が大きい私設応援団だと、会長以下副会長、団長、監査、書記などの役職が設けられており、大企業さながらの組織が形成されているケースもある。しかもそれはそこに集う人々が自発的に形成したものだそうだ。カープファンだということ以外何も共通点がない、赤の他人が寄り集まった集団でありながら、極めて濃厚な人間関係が自発的に形成されている。
さらに、球団によっては、私設応援団が全国に相当数存在し、それぞれに自らの地元で応援活動に従事しているケースもある。そういう球団の場合は連絡会的な組織が形成されていて、各地の応援団同士で遠征し合って共同で応援活動を展開することもある。応援団の数が少ない球団だと、おのずと遠征回数も多くなる様だが、いずれにしても参加を強制されることがないからこそ、職業との両立も可能なのだろう。
仲間内での分担でやりくり ↓
残念ながら高橋教授の研究は、応援団に集う人たちがなぜ、フラットな人間関係ではなく、上下関係のある組織を形成するに至ったのかまでは踏み込んでいないが、無報酬かつ強制もされないのに、私設応援団に参加する人たちは、濃厚な人間関係の中で献身的な応援活動に没頭していることは間違いない。
組織で動く私設応援団に対し、外野の常連たちは仲間で動く。都内の金融機関に勤務するBさんが、神宮球場の外野席に通い始めたのはおよそ10年前。仕事で知り合った球団関係者に薦められ、見に行ったことがきっかけだ。
仲間で助け合う外野常連の輪
一人で見に行っても、外野席の常連たちが気軽に声をかけてくれるので、回を重ねるごとに友達が増える。普通なら知り合うチャンスがないさまざまな職業の人と知り合いになるし、ふらりと一人で行ってもそこに誰かしら仲間が来ているので、共にエキサイトできる。「目下のところ野球観戦は最大のストレス解消ツール」だという。
神宮球場は基本的にチケットが取りにくい球場ではないが、中には発売と同時に売り切れてしまうチケットもある。昨シーズンのように、優勝に絡んでくればレギュラーシーズンのチケットでも入手困難になる。ファンクラブ会員が優先的に買えるチケットの枚数も、ファンクラブ特典で付いてくるタダ券の枚数も、グレードによって差があるので、仲間内で分担して様々なグレードに入会する。去年は会費がいちばん安い最低グレードだったから、今年はいちばん高い最上グレード、といった具合だ。
昨シーズンの最終戦や、クライマックスシリーズ、日本シリーズのチケットは仲間内で連絡を取り合いながら確保した。Bさんの年間観戦日数はおよそ50~60試合。セ・リーグは神宮、東京ドーム、横浜スタジアムと6チーム中3チームが首都圏にホーム球場が集中しているので、交通費の負担はパ・リーグ球団のファンに比べると格段に軽い。
都合が付けば遠征先にも行くし、2軍のゲームにも行く。ここ数年、新人や若手の選手中心の秋期キャンプは必ず見に行っている。新人の頃から見守ってきた選手が一軍で活躍し始めると、えも言われぬ感慨に浸ることができる。
家族の理解があってこそ ↓
どこにでもいる阪神ファン、どこにでも行くロッテファン――。そんなフレーズがあるのをご存知だろうか。阪神ファンは全国どこにでもその土地のファンがいて、地方球場での開催があると地元の阪神ファンが詰めかける。ヤクルト、阪神、楽天で監督を務めた野村克也氏も「阪神はどこでやってもお客さんを連れてきてくれるありがたいチーム」と評している。これに対し、ロッテファンは首都圏の球場に出没するファンが、首都圏から遠く離れた球場にも出没する、と言われる。
ロッテファンになってかれこれ40年近いというAさんもそんな一人だ。同級生の父親がロッテの選手だったため、小学3年のときにロッテファンになった。当時ロッテが本拠地にしていた川崎球場が自宅から比較的近いところにあったため、よく学校帰りに友人といっしょに川崎球場へ通った。
80試合をリーズナブルに観戦する方法
今では自営業者のAさんも、かつてはごく普通の会社員だったが、今も昔も年間70~80試合程度観戦してきた。会社員だったころは有休休暇を目一杯消化したが、業務上支障を来したことはなかった。ホームゲームとビジターゲームで言えばおおむね半々ずつ。西武ドームはもちろん、北は札幌から南は福岡まで、パ・リーグの球場のみならず、交流戦が開催されるセ・リーグの球場も含め、全国どこへでも都合が付く限り出かけて行く。
Aさんが野球観戦に使っているおカネは年間50万円程度。「ゴルフをやる人よりは、かかっていないと思う」と話す。基本的に外野席観戦で、金額が張る内野指定席には滅多に座らないので、チケット代は1シーズン10万円程度で済む。このほかに交通費と宿泊費がざっと40万円。交通費や宿泊費を安く上げるコツは「格安ツアーを使いこなし、極力新幹線を使わず飛行機の早割を利用すること」だという。
プロ野球の開催日程は、シーズン始めに1シーズン分すべて公表される。チケットの発売時期は多くの場合ゲーム開催の前月になるが、スケジュールはわかっているので、交通機関や宿泊の予約は3カ月前に入れる。雨天中止などでゲームが開催されなかった場合は丸損になるが、「もとの値段が安いので損失はいくらでもない」という。
新幹線は早割の割引率が低いので、新幹線でも飛行機でも行けるところは極力割引率が高い飛行機を使う。外野に通うファンは球場で友人ができる。仲間数人でレンタカーを借りて遠征に行くこともあり、とりまとめ役は持ち回りだ。あの手この手の工夫で節約しているとはいえ、年間数十試合という単位での観戦はそれなりにおカネがかかるだけに、家族の理解があってこそ叶う。
入れ替わりが激しい一面も ↓
Bさんの夫は筋金入りの広島ファン。義母も野球好きで、Bさんと連れだっての観戦も珍しくない。Bさん夫婦にはまだ子どもはいないが、「観戦仲間が代わる代わる面倒を見るので、子持ちの仲間は気軽に球場へ子連れで来ている」という。Aさん同様、地方へ行く際の旅費は早割やパックツアーをフル活用する。このため、「野球観戦に年間いくら使っているのか、正直ほとんど意識したことがない」と言うが、夫や義母に理解がなければ遠征どころか球場通いも難しいだろう。
前出のロッテファンのAさんは「自分は独身だから野球観戦にどれだけおカネを使っても誰かにとやかく言われることはないが、既婚者は配偶者が理解ある人じゃないと難しい。外野席で知り合って結婚した夫婦は二人で来続け、子どもが生まれれば子連れでやって来る。結婚後いつの間にか来なくなる人は、配偶者が許さないのかもしれない」と見る。
求められる高い「仕切り」能力
年間数十試合単位で球場に足を運ぶファンの中には、応援団員よりも観戦試合数が多かったり、ファン歴が長かったり、選手、チーム、そして野球そのものをよく知っていたりすることがある。その分、応援団員にプロ並みの水準を要求しがちになるという。
前出のAさんは「ロッテの場合は2009年にもともとやっていた応援団が球団と衝突して解散しており、現在の応援団は翌シーズンに誕生している。経験年数が浅く、ファンの方が応援のバリエーションに通じていたりするから、ファン心理を忖度し、ファンが望むタイミングで、望む応援歌を使う誘導を出来ない人も中にはいる。そういう人にはファンからブーイングが出る。今は応援エリアが決まっているからチケット確保の苦労はないが、応援団員が長続きせず入れ替わりが激しいのは、ボランティアなのに心理的な負担が大きいからかもしれない」と、同情的だ。
濃厚な人間関係に身を置き、かつコアなファンからプロ並の“仕切り”を求められる私設応援団。なぜ彼らはあれほど献身的になれるのか。
2002年シーズンを最後に現役を引退したヤクルトスワローズの池山隆寛選手は、同年10月の引退試合のスピーチで、「ライトスタンドの岡田のオヤジ、ありがとう!」と叫んだ。この3か月前に亡くなった名物応援団長・岡田正泰氏に向けた感謝の言葉だったわけだが、応援団員はオフシーズンに選手や監督と交流の場を持つ機会もあり、中には選手から慕われる人たちもいる。彼らのモチベーションを支えているのは、選手や外野席のファンが投げかける、労いや感謝のひとことなのかもしれない。
日本のプロ野球にあってメジャーにないもの――。外野に陣取る私設応援団はその代表格だろう。外野の応援は、トランペットや鳴り物を使う私設応援団と、その私設応援団のすぐそばに陣取る外野の常連たちによって成立している。おそらくはかなり高い頻度で球場に来ているであろう、私設応援団やそれを取り巻く外野の常連たちは、いったいどんな属性の人たちなのだろうか。
2006年シーズン以降、登録申請が必要に
かつては私設応援団が不当に外野自由席を占領し、一般客に転売するショバ屋行為や、応援グッズを不正販売するといった行為が横行していたし、私設応援団同士の小競り合いも日常茶飯事だった。
そういったトラブルの多くは暴力団関係者を幹部とする私設応援団が引き起こしていたわけだが、暴力団対策法の施行以降、各球団が警察と連携を図って徹底した排除を実施。2006年シーズン以降は、球団を通じて日本野球機構に登録を申請し、許可を受けた私設応援団のみが活動できるようになった。
申請書には団体名、代表者の氏名、団体の連絡先、構成員についてもその人数、氏名、住所、連絡先を記入するだけでなく、顔写真の添付も求められる。許可を受けた私設応援団に支給されるIDカードも個人単位で写真入り。球場内では常に携帯することが義務付けられている。
中日ドラゴンズの私設応援団員が球場への入場を禁じられ、日本野球機構と12球団を相手取って、入場禁止措置の取消と慰謝料を求めて訴えた裁判も、2013年2月、最高裁が原告の上告を棄却。原告敗訴が確定している。
応援団が活動できる場所も外野スタンド内の指定エリア内のみ。かつては外野のみならず、内野にも私設応援団のおじさんがやってきて観客を盛り上げていたのに、最近はまったく見かけなくなったのは、どうやらこのためだったのか。もっともショバ屋行為やグッズの不正販売等で利益を得ていたのは一部の応援団員であって、今はもちろん、昔も基本的に私設応援団の活動は完全なボランティア。チケット代も交通費も自腹。それでいて献身的な応援をする。
年齢層も職業もさまざま ↓
この私設応援団の活動を研究テーマに据えた学者がいる。奈良教育大学の高橋豪仁教授である。スポーツ社会学者である高橋教授は、私設応援団の活動が集団形成上極めてユニークであることに着目。フィールドワークのために、トランペットの練習までして自ら応援団に加入した経験を持つ。
高橋教授が私設応援団に着目したのは今から29年前。修士論文のテーマ探しのために神宮球場へ行き、ビニール傘の応援を考案した、ヤクルトスワローズの名物応援団長・岡田正泰氏(故人)が観客を鼓舞する姿を目の当たりにした。
バラエティに富む私設応援団の面々
高橋教授が奈良教育大赴任を期に、甲子園球場で活動する広島東洋カープの応援団「神戸中央会」に入会したのは1998年。「トランペットを吹きたい」と言って入会した。私設応援団に参加している人の属性は極めてバラエティに富んでいて、性別も年齢層もまちまち。学生や主婦、大企業の営業マン、中小企業の経営者、職人など、職業もいろいろ。時間に縛られるごく普通のサラリーマンが参加しているのは、参加回数を強制するような力学が働いていないからだろう。
比較的規模が大きい私設応援団だと、会長以下副会長、団長、監査、書記などの役職が設けられており、大企業さながらの組織が形成されているケースもある。しかもそれはそこに集う人々が自発的に形成したものだそうだ。カープファンだということ以外何も共通点がない、赤の他人が寄り集まった集団でありながら、極めて濃厚な人間関係が自発的に形成されている。
さらに、球団によっては、私設応援団が全国に相当数存在し、それぞれに自らの地元で応援活動に従事しているケースもある。そういう球団の場合は連絡会的な組織が形成されていて、各地の応援団同士で遠征し合って共同で応援活動を展開することもある。応援団の数が少ない球団だと、おのずと遠征回数も多くなる様だが、いずれにしても参加を強制されることがないからこそ、職業との両立も可能なのだろう。
仲間内での分担でやりくり ↓
残念ながら高橋教授の研究は、応援団に集う人たちがなぜ、フラットな人間関係ではなく、上下関係のある組織を形成するに至ったのかまでは踏み込んでいないが、無報酬かつ強制もされないのに、私設応援団に参加する人たちは、濃厚な人間関係の中で献身的な応援活動に没頭していることは間違いない。
組織で動く私設応援団に対し、外野の常連たちは仲間で動く。都内の金融機関に勤務するBさんが、神宮球場の外野席に通い始めたのはおよそ10年前。仕事で知り合った球団関係者に薦められ、見に行ったことがきっかけだ。
仲間で助け合う外野常連の輪
一人で見に行っても、外野席の常連たちが気軽に声をかけてくれるので、回を重ねるごとに友達が増える。普通なら知り合うチャンスがないさまざまな職業の人と知り合いになるし、ふらりと一人で行ってもそこに誰かしら仲間が来ているので、共にエキサイトできる。「目下のところ野球観戦は最大のストレス解消ツール」だという。
神宮球場は基本的にチケットが取りにくい球場ではないが、中には発売と同時に売り切れてしまうチケットもある。昨シーズンのように、優勝に絡んでくればレギュラーシーズンのチケットでも入手困難になる。ファンクラブ会員が優先的に買えるチケットの枚数も、ファンクラブ特典で付いてくるタダ券の枚数も、グレードによって差があるので、仲間内で分担して様々なグレードに入会する。去年は会費がいちばん安い最低グレードだったから、今年はいちばん高い最上グレード、といった具合だ。
昨シーズンの最終戦や、クライマックスシリーズ、日本シリーズのチケットは仲間内で連絡を取り合いながら確保した。Bさんの年間観戦日数はおよそ50~60試合。セ・リーグは神宮、東京ドーム、横浜スタジアムと6チーム中3チームが首都圏にホーム球場が集中しているので、交通費の負担はパ・リーグ球団のファンに比べると格段に軽い。
都合が付けば遠征先にも行くし、2軍のゲームにも行く。ここ数年、新人や若手の選手中心の秋期キャンプは必ず見に行っている。新人の頃から見守ってきた選手が一軍で活躍し始めると、えも言われぬ感慨に浸ることができる。
家族の理解があってこそ ↓
どこにでもいる阪神ファン、どこにでも行くロッテファン――。そんなフレーズがあるのをご存知だろうか。阪神ファンは全国どこにでもその土地のファンがいて、地方球場での開催があると地元の阪神ファンが詰めかける。ヤクルト、阪神、楽天で監督を務めた野村克也氏も「阪神はどこでやってもお客さんを連れてきてくれるありがたいチーム」と評している。これに対し、ロッテファンは首都圏の球場に出没するファンが、首都圏から遠く離れた球場にも出没する、と言われる。
ロッテファンになってかれこれ40年近いというAさんもそんな一人だ。同級生の父親がロッテの選手だったため、小学3年のときにロッテファンになった。当時ロッテが本拠地にしていた川崎球場が自宅から比較的近いところにあったため、よく学校帰りに友人といっしょに川崎球場へ通った。
80試合をリーズナブルに観戦する方法
今では自営業者のAさんも、かつてはごく普通の会社員だったが、今も昔も年間70~80試合程度観戦してきた。会社員だったころは有休休暇を目一杯消化したが、業務上支障を来したことはなかった。ホームゲームとビジターゲームで言えばおおむね半々ずつ。西武ドームはもちろん、北は札幌から南は福岡まで、パ・リーグの球場のみならず、交流戦が開催されるセ・リーグの球場も含め、全国どこへでも都合が付く限り出かけて行く。
Aさんが野球観戦に使っているおカネは年間50万円程度。「ゴルフをやる人よりは、かかっていないと思う」と話す。基本的に外野席観戦で、金額が張る内野指定席には滅多に座らないので、チケット代は1シーズン10万円程度で済む。このほかに交通費と宿泊費がざっと40万円。交通費や宿泊費を安く上げるコツは「格安ツアーを使いこなし、極力新幹線を使わず飛行機の早割を利用すること」だという。
プロ野球の開催日程は、シーズン始めに1シーズン分すべて公表される。チケットの発売時期は多くの場合ゲーム開催の前月になるが、スケジュールはわかっているので、交通機関や宿泊の予約は3カ月前に入れる。雨天中止などでゲームが開催されなかった場合は丸損になるが、「もとの値段が安いので損失はいくらでもない」という。
新幹線は早割の割引率が低いので、新幹線でも飛行機でも行けるところは極力割引率が高い飛行機を使う。外野に通うファンは球場で友人ができる。仲間数人でレンタカーを借りて遠征に行くこともあり、とりまとめ役は持ち回りだ。あの手この手の工夫で節約しているとはいえ、年間数十試合という単位での観戦はそれなりにおカネがかかるだけに、家族の理解があってこそ叶う。
入れ替わりが激しい一面も ↓
Bさんの夫は筋金入りの広島ファン。義母も野球好きで、Bさんと連れだっての観戦も珍しくない。Bさん夫婦にはまだ子どもはいないが、「観戦仲間が代わる代わる面倒を見るので、子持ちの仲間は気軽に球場へ子連れで来ている」という。Aさん同様、地方へ行く際の旅費は早割やパックツアーをフル活用する。このため、「野球観戦に年間いくら使っているのか、正直ほとんど意識したことがない」と言うが、夫や義母に理解がなければ遠征どころか球場通いも難しいだろう。
前出のロッテファンのAさんは「自分は独身だから野球観戦にどれだけおカネを使っても誰かにとやかく言われることはないが、既婚者は配偶者が理解ある人じゃないと難しい。外野席で知り合って結婚した夫婦は二人で来続け、子どもが生まれれば子連れでやって来る。結婚後いつの間にか来なくなる人は、配偶者が許さないのかもしれない」と見る。
求められる高い「仕切り」能力
年間数十試合単位で球場に足を運ぶファンの中には、応援団員よりも観戦試合数が多かったり、ファン歴が長かったり、選手、チーム、そして野球そのものをよく知っていたりすることがある。その分、応援団員にプロ並みの水準を要求しがちになるという。
前出のAさんは「ロッテの場合は2009年にもともとやっていた応援団が球団と衝突して解散しており、現在の応援団は翌シーズンに誕生している。経験年数が浅く、ファンの方が応援のバリエーションに通じていたりするから、ファン心理を忖度し、ファンが望むタイミングで、望む応援歌を使う誘導を出来ない人も中にはいる。そういう人にはファンからブーイングが出る。今は応援エリアが決まっているからチケット確保の苦労はないが、応援団員が長続きせず入れ替わりが激しいのは、ボランティアなのに心理的な負担が大きいからかもしれない」と、同情的だ。
濃厚な人間関係に身を置き、かつコアなファンからプロ並の“仕切り”を求められる私設応援団。なぜ彼らはあれほど献身的になれるのか。
2002年シーズンを最後に現役を引退したヤクルトスワローズの池山隆寛選手は、同年10月の引退試合のスピーチで、「ライトスタンドの岡田のオヤジ、ありがとう!」と叫んだ。この3か月前に亡くなった名物応援団長・岡田正泰氏に向けた感謝の言葉だったわけだが、応援団員はオフシーズンに選手や監督と交流の場を持つ機会もあり、中には選手から慕われる人たちもいる。彼らのモチベーションを支えているのは、選手や外野席のファンが投げかける、労いや感謝のひとことなのかもしれない。