↑南野陽子
テレビ番組の作り手として、懐の深い、格好のいい人に出会った。
テレビ界では、とっくに有名人のNHK・木田幸紀放送総局長。1977年の入局後、90年の大河ドラマ「翔ぶが如く」演出、97年の大河ドラマ「毛利元就」制作統括など、一環して制作畑を歩み、現在は月に1回、放送記者を集めての定例会見を行っている同局の放送全体の責任者だ。
23日の定例会見。常に温和な笑顔を浮かべ、シビアな質問にもユーモアを交え返答してくれるNHKの顔が厳しい表情を見せたのが、こんな質問に対してだった。
「小出恵介さんの所属事務所との損害賠償交渉の進み具合は?」
6月8日、写真誌「フライデー」に17歳の女性との淫行、飲酒が報じられたことで所属事務所から無期限活動停止処分を受けた俳優・小出恵介(33)。同月10日から放送予定だった同局ドラマ「神様からひと言~なにわお客様相談室物語」は6話全て放送中止に。番組宣伝も全て終え、あとは2日後の本放送を待つだけだった段階でのお蔵入り―。それは視聴者から徴収する受信料で番組制作を進めているNHKにとって、極めて深刻な事態だった。
その後4か月、木田総局長は毎月の定例会見のたび、小出の不祥事に対する所属事務所への損害賠償交渉の進捗(しんちょく)具合を聞かれ続けた。そこがCM契約料で番組を作る民放との違い。受信料で番組作りを行うNHKにとって、いつかは開示しなければいけない情報でもあった。
そして、この日の会見で「協議は終わり、合意に至りました」。木田総局長は率直に答えると、「詳しい内容については差し控えますが、こちらの求めていた通りの合意だったと聞いております」と続けた。
そのどこかスッキリしたようにも見える表情を見た時、「あの人のことも聞きたい」。そんな思いが芽生えた。だから聞いた。
「プライベートな理由で『西郷(せご)どん』出演を辞退した斉藤由貴さんの代役に南野陽子さんが決まった。撮影開始直前の降板を制作トップとして、どう思うのか? 斉藤さんの事務所への損害賠償請求は考えているのか?」
妻子ある50代の男性医師とのダブル不倫問題で来年放送の大河ドラマ「西郷どん」(鈴木亮平主演、日曜・後8時)出演を辞退した女優・斉藤由貴(51)。代役には急きょ女優・南野陽子(50)が決まった。
往年の名ドラマ「スケバン刑事」つながりなんて、笑ってはいられない。衣装合わせ寸前だっただろう段階でのスキャンダラスな降板劇。小出とは“してしまったことの重さ”こそ全く違うが、これが3度目の不倫騒動となった斉藤への恨み節の一つでも飛び出さないか―。そんな気持ちでぶつけた質問だった。
しかし、木田総局長は斉藤の「さ」の字も口に出さず、「南野陽子さんにかかる負担は大変重いと思っています。申し訳ないと思います」と、まず南野に謝罪。その上で「同時に南野さんの演じる幾島という役柄への期待が高まっています。期待とエールを送りたいと思います」。記者の目をまっすぐ見て答えた。
斉藤の所属事務所への損害賠償請求などについても「11月からの撮影と聞いており、現場からも撮影への影響は聞いておりません。損害賠償などは考えておりません」。これもきっぱりと答えてくれた。
もちろん海千山千の制作トップ。近未来の番組作り、斉藤の事務所との今後の仕事など、広い視野から導き出された答えだったことは間違いないが、まず、急きょ重要な役柄を振られた南野への気遣いを口にするあたりが憎い。スマートで格好良く映った。
そこにあったのは、何百人のキャスト、スタッフが関わる大河ドラマを数多く手掛けてきた大物テレビマンゆえの俳優への気配りと優しさだった。この発言を聞いた南野が気持ちよく、また気合を入れて現場に入るのは間違いない。
人を責めるのは簡単だ。問題は、そこに将来につながる広い視野があるか、ないか。木田総局長の気配りたっぷりの返答が、大きなチームでの物作りに必要なものを教えてくれた気がする。(記者コラム・中村 健吾)
テレビ番組の作り手として、懐の深い、格好のいい人に出会った。
テレビ界では、とっくに有名人のNHK・木田幸紀放送総局長。1977年の入局後、90年の大河ドラマ「翔ぶが如く」演出、97年の大河ドラマ「毛利元就」制作統括など、一環して制作畑を歩み、現在は月に1回、放送記者を集めての定例会見を行っている同局の放送全体の責任者だ。
23日の定例会見。常に温和な笑顔を浮かべ、シビアな質問にもユーモアを交え返答してくれるNHKの顔が厳しい表情を見せたのが、こんな質問に対してだった。
「小出恵介さんの所属事務所との損害賠償交渉の進み具合は?」
6月8日、写真誌「フライデー」に17歳の女性との淫行、飲酒が報じられたことで所属事務所から無期限活動停止処分を受けた俳優・小出恵介(33)。同月10日から放送予定だった同局ドラマ「神様からひと言~なにわお客様相談室物語」は6話全て放送中止に。番組宣伝も全て終え、あとは2日後の本放送を待つだけだった段階でのお蔵入り―。それは視聴者から徴収する受信料で番組制作を進めているNHKにとって、極めて深刻な事態だった。
その後4か月、木田総局長は毎月の定例会見のたび、小出の不祥事に対する所属事務所への損害賠償交渉の進捗(しんちょく)具合を聞かれ続けた。そこがCM契約料で番組を作る民放との違い。受信料で番組作りを行うNHKにとって、いつかは開示しなければいけない情報でもあった。
そして、この日の会見で「協議は終わり、合意に至りました」。木田総局長は率直に答えると、「詳しい内容については差し控えますが、こちらの求めていた通りの合意だったと聞いております」と続けた。
そのどこかスッキリしたようにも見える表情を見た時、「あの人のことも聞きたい」。そんな思いが芽生えた。だから聞いた。
「プライベートな理由で『西郷(せご)どん』出演を辞退した斉藤由貴さんの代役に南野陽子さんが決まった。撮影開始直前の降板を制作トップとして、どう思うのか? 斉藤さんの事務所への損害賠償請求は考えているのか?」
妻子ある50代の男性医師とのダブル不倫問題で来年放送の大河ドラマ「西郷どん」(鈴木亮平主演、日曜・後8時)出演を辞退した女優・斉藤由貴(51)。代役には急きょ女優・南野陽子(50)が決まった。
往年の名ドラマ「スケバン刑事」つながりなんて、笑ってはいられない。衣装合わせ寸前だっただろう段階でのスキャンダラスな降板劇。小出とは“してしまったことの重さ”こそ全く違うが、これが3度目の不倫騒動となった斉藤への恨み節の一つでも飛び出さないか―。そんな気持ちでぶつけた質問だった。
しかし、木田総局長は斉藤の「さ」の字も口に出さず、「南野陽子さんにかかる負担は大変重いと思っています。申し訳ないと思います」と、まず南野に謝罪。その上で「同時に南野さんの演じる幾島という役柄への期待が高まっています。期待とエールを送りたいと思います」。記者の目をまっすぐ見て答えた。
斉藤の所属事務所への損害賠償請求などについても「11月からの撮影と聞いており、現場からも撮影への影響は聞いておりません。損害賠償などは考えておりません」。これもきっぱりと答えてくれた。
もちろん海千山千の制作トップ。近未来の番組作り、斉藤の事務所との今後の仕事など、広い視野から導き出された答えだったことは間違いないが、まず、急きょ重要な役柄を振られた南野への気遣いを口にするあたりが憎い。スマートで格好良く映った。
そこにあったのは、何百人のキャスト、スタッフが関わる大河ドラマを数多く手掛けてきた大物テレビマンゆえの俳優への気配りと優しさだった。この発言を聞いた南野が気持ちよく、また気合を入れて現場に入るのは間違いない。
人を責めるのは簡単だ。問題は、そこに将来につながる広い視野があるか、ないか。木田総局長の気配りたっぷりの返答が、大きなチームでの物作りに必要なものを教えてくれた気がする。(記者コラム・中村 健吾)