↑稽古場で塩かごを持つ、島袋改め美(ちゅら)
「名は体を表す」という。相撲界では毎場所前の番付発表で、日本相撲協会から改名力士が発表される。初めてしこ名を与えられた新弟子から、成績不振で改名するベテランまで。しこ名には力士の人生が詰まっていると言っても過言ではない。9日初日の名古屋場所を控え、注目の3人を紹介したい。
まず宮城野部屋の序二段「島袋」改め「美」。み? び? うつくし? いや「ちゅら」と読む。NHK朝ドラの「ちゅらさん」で少しは知られたか。沖縄・西表島出身の16歳。中学卒業まで相撲未経験ながら、師匠の宮城野親方(元幕内・竹葉山)の友人に紹介されて入門した。実家は農業を営み、パイナップルとマンゴーを作っている。
改名の転機は夏場所中。新弟子の仕事、昼食作りの最中に部屋のマネジャーから「ちゅらにせいよ」と助言されたのがきっかけ。本人も「1文字だし、面白いからいいかなって。文字数が少ないのがいいですよね」と気に入っている。漢字1文字のしこ名は珍しく、幕内では輝(23)=高田川=、勢(30)=伊勢ノ海=の2人しかいない。
次は大嶽部屋の序二段「勇竜」改め「森麗」。読み方も「いさみりゅう」から「もりうらら」に変わった。相撲ファンなら1度は聞いたことがあるかも。初めて番付にしこ名が載ってから、史上ワーストの38場所連続負け越しを記録した。元々「森麗」はデビュー以来113連敗で引退した競走馬のハルウララにちなみ、元関脇・貴闘力が「誰からも愛されるように」と名付けた。2009年九州場所から名乗ってきたが、17年春場所でしこ名を勇竜に改名していた。
男なら、かっこいい名前に憧れるもの。「変えられるなら変えてみたいと思って考えていました。勇ましい竜のようなイメージです」。3年間、胸の内で温めていたしこ名への改名を初場所中に大嶽親方(元十両・大竜)に直訴。熱意が通じて許可を得た。
ところが、思いも寄らぬ事態に見舞われた。「知り合いの方が本場所をたまたま見に来ていた時にしこ名が変わっていたので、自分だと分かってもらえなかったんです」。さらに、勇竜に改名後も成績が伸びず、師匠の勧めもあって再び改名を決意。「森麗の方が合っている? それはあります。改名はもう引退するまでないんじゃないかな」。30歳のベテランは愛されてきたしこ名で土俵人生を全うするつもりだ。
最後に尾車部屋の三段目「剣風(つるぎかぜ)」改め「迅風(ときかぜ)」。夏場所後、師匠の尾車親方(元大関・琴風)に、しこ名の変更を申し出た。きっかけは春、夏場所で3勝3敗から最後の一番に勝ちきれずに負け越したこと。部屋に大卒の弟弟子が入ったことも理由だった。「心機一転したかった。速い、鋭い(イメージの)字が良かった。パッと見ていいな、と思った」と直感で選んだという。
弟子の幕内・嘉風(35)と一緒にしこ名を考えていた師匠は「本人が納得するのが一番いい」と了承した。「元々『剣風』はイメージでつけた。入門した時は細身だったしね。『ときかぜ』は語呂がいいよ」。入門から5年間で心身共にたくましさを増した弟子の姿に目を細めた。
いずれも、各自が思いを込めたしこ名で土俵に上がるが、肝心な点は尾車親方の指摘通り。「しこ名って(周囲に)呼ばれないとダメ。何回も呼ばれれば、しこ名は大きくなるもの。強くなって自分で大きくするものだから」。角界で名を上げるには体1つで戦い、勝つしかない。
「名は体を表す」という。相撲界では毎場所前の番付発表で、日本相撲協会から改名力士が発表される。初めてしこ名を与えられた新弟子から、成績不振で改名するベテランまで。しこ名には力士の人生が詰まっていると言っても過言ではない。9日初日の名古屋場所を控え、注目の3人を紹介したい。
まず宮城野部屋の序二段「島袋」改め「美」。み? び? うつくし? いや「ちゅら」と読む。NHK朝ドラの「ちゅらさん」で少しは知られたか。沖縄・西表島出身の16歳。中学卒業まで相撲未経験ながら、師匠の宮城野親方(元幕内・竹葉山)の友人に紹介されて入門した。実家は農業を営み、パイナップルとマンゴーを作っている。
改名の転機は夏場所中。新弟子の仕事、昼食作りの最中に部屋のマネジャーから「ちゅらにせいよ」と助言されたのがきっかけ。本人も「1文字だし、面白いからいいかなって。文字数が少ないのがいいですよね」と気に入っている。漢字1文字のしこ名は珍しく、幕内では輝(23)=高田川=、勢(30)=伊勢ノ海=の2人しかいない。
次は大嶽部屋の序二段「勇竜」改め「森麗」。読み方も「いさみりゅう」から「もりうらら」に変わった。相撲ファンなら1度は聞いたことがあるかも。初めて番付にしこ名が載ってから、史上ワーストの38場所連続負け越しを記録した。元々「森麗」はデビュー以来113連敗で引退した競走馬のハルウララにちなみ、元関脇・貴闘力が「誰からも愛されるように」と名付けた。2009年九州場所から名乗ってきたが、17年春場所でしこ名を勇竜に改名していた。
男なら、かっこいい名前に憧れるもの。「変えられるなら変えてみたいと思って考えていました。勇ましい竜のようなイメージです」。3年間、胸の内で温めていたしこ名への改名を初場所中に大嶽親方(元十両・大竜)に直訴。熱意が通じて許可を得た。
ところが、思いも寄らぬ事態に見舞われた。「知り合いの方が本場所をたまたま見に来ていた時にしこ名が変わっていたので、自分だと分かってもらえなかったんです」。さらに、勇竜に改名後も成績が伸びず、師匠の勧めもあって再び改名を決意。「森麗の方が合っている? それはあります。改名はもう引退するまでないんじゃないかな」。30歳のベテランは愛されてきたしこ名で土俵人生を全うするつもりだ。
最後に尾車部屋の三段目「剣風(つるぎかぜ)」改め「迅風(ときかぜ)」。夏場所後、師匠の尾車親方(元大関・琴風)に、しこ名の変更を申し出た。きっかけは春、夏場所で3勝3敗から最後の一番に勝ちきれずに負け越したこと。部屋に大卒の弟弟子が入ったことも理由だった。「心機一転したかった。速い、鋭い(イメージの)字が良かった。パッと見ていいな、と思った」と直感で選んだという。
弟子の幕内・嘉風(35)と一緒にしこ名を考えていた師匠は「本人が納得するのが一番いい」と了承した。「元々『剣風』はイメージでつけた。入門した時は細身だったしね。『ときかぜ』は語呂がいいよ」。入門から5年間で心身共にたくましさを増した弟子の姿に目を細めた。
いずれも、各自が思いを込めたしこ名で土俵に上がるが、肝心な点は尾車親方の指摘通り。「しこ名って(周囲に)呼ばれないとダメ。何回も呼ばれれば、しこ名は大きくなるもの。強くなって自分で大きくするものだから」。角界で名を上げるには体1つで戦い、勝つしかない。