糸井は二塁ベース上で右手を握り締めて感情を爆発させた。「やっぱりいろんな意味で僕にとっても大事な試合で、活躍できて良かった」。１点リードの３回無死一、二塁。２球目のカットボールを振り抜き、左中間を破る２点二塁打。移籍後の初スイングで初安打初打点を記録した。さらに４回１死三塁で一塁線を破る右前タイムリー、７回には左前安打。いきなりの猛打賞で虎デビューを飾った。
結果を残すことが恩返しだった。「あの時にやらんとクビ。ホンマに必死で。頭が上がらない人」。日本ハム時代に投手から野手に転向。現オリックス監督の福良２軍コーチに打撃の全てを教わった。オリックスで再会したが、ＦＡ権を取得した昨オフ、野球人生最後の挑戦との二択に悩んだ。昨年１０月の秋季練習初日に「どうしたらいいか分からないんです」と悩みを打ち明けた。福良監督は「おまえの人生やろ？ やりたいようにやればいい」と後押ししてくれた。
そして阪神移籍決定後の同年１１月２４日。大阪市内のホテルで行われたオリックス球団パーティーの会場に、人知れず出向いた。裏口から福良監督が待つ部屋へ。「今までありがとうございました」。スーツにネクタイの正装で頭を下げると、恩師は「どこに行っても頑張れ」と握手で送り出してくれたのだった。
阪神にＦＡ移籍した野手の開幕戦での複数安打、打点はともに初。その活躍にも刺激され、４番・福留、５番・原口とクリーンアップ全員が猛打賞と大暴れした。金本監督も「過去の実績はダテではない」と賛辞を贈った。
右膝痛で出遅れたが、開幕に間に合わせた。「また明日、頑張ります」。さらなる高みを目指す虎の超人が、最高のスタートを切った。