Quantcast
Channel: Mr.NPB&MLB&NEWS
Viewing all articles
Browse latest Browse all 2517

侍ジャパンU-23代表を世界一に導いた手腕 斎藤雅樹監督の懐の深さ(フルカウント)自軍から招聘された選手はゼロ「普通はいる

$
0
0
侍ジャパンU-23代表を世界一に導いた手腕 斎藤雅樹監督の懐の深さ

イメージ 1

↑自軍から招聘された選手はゼロ「普通はいるよね、1人2人ね(笑)」

 10月28日からメキシコ・モンテレイで開催された「第1回 WBSC U-23ワールドカップ」。記念すべき第1回大会で日本代表を見事頂点に導いたのが、巨人2軍監督を務める斎藤雅樹監督だった。

 決勝でオーストラリアに圧勝すると、背番号「77」にちなんで7回胴上げされた指揮官は満面の笑みを浮かべ「今年はいろんなところでされてるからね。(胴上げは)これで3回目。ありがたいです」と声を弾ませた。今季から巨人2軍で指揮を執った斎藤監督は、イースタン・リーグ優勝で1回、ファーム日本選手権で1回、そしてこのU-23W杯と合計3度宙に舞った。年間を通じて率いたチームと、結成から解散までわずか3週間ほどの即席チーム。それぞれでつかんだ頂点は、また違った味わいだっただろう。

 10月22日、メキシコに旅立つ前の事前合宿に集まった侍ジャパンU-23メンバーの中に、巨人の選手は1人もいなかった。メンバー選考段階では数名含まれていたが、いずれも怪我であったりチームや諸般の事情により、最終的にはメンバー入りせず。「50(歳)にして初めてジャパン選出だ」と笑う指揮官だけが、侍ジャパンのユニフォームに袖を通した。

「普通はいるよね、1人2人ね(笑)」と言うが、自軍の選手はゼロ。対戦したことはあっても深く関わったことのある選手はいない。言ってみれば、完全アウェー状態だ。今季は日米大学野球では大学代表が勝利、U-15W杯では準優勝、U-18代表はアジア選手権優勝、女子代表はW杯優勝と、各世代が軒並み好成績を収める中、前身大会でもある2014年の「第1回 IBAF 21Uワールドカップ」で準優勝だったU-23代表には、優勝は当然、最低でも準優勝というプレッシャーがのしかかっていた。

世代を代表するプロアマ合計24選手「みんながうまく力を出せるように…」

 斎藤監督にしてみれば、世代を代表する選手たちが集まったという事実以外に、追い風になる要素はない。事前合宿初日の一週間後は、もう大会初日が始まる。だが、裏を返してみれば、自軍の選手がいないことで、選手全員とフラットに接することができる好機。「元気ハツラツ」をチームモットーに掲げた指揮官は、「個人として資質がある選手が集まってきているわけだから、みんながうまく力を出せるようにっていうのが一番ですよね」と、シンプルかつ分かりやすい起用法を貫くことにした。

 もちろん、短期間で個々の能力を最大限に引き出すための環境作りをしたり、適材適所を探ることは難しい。そこでメンバー選考の段階から、鹿取義隆テクニカルディレクターを中心に厳選に厳選を重ねた。イースタン・リーグ所属の選手については、斎藤監督自身が対戦経験から得た情報を持っている。情報が足りないウエスタン・リーグは三輪隆コーチ(オリックス2軍育成コーチ)や大塚晶文コーチ(中日2軍投手コーチ)、社会人は代表監督を務める安藤強コーチの意見を仰ぎ、目指すチーム像に合う選手を集めた。目指す形とは、日本のお家芸とも言える「スモール・ベースボール」だ。

 ファーストラウンド初戦から、選手が出塁した場面では、徹底して次打者に送りバントのサインを出した。「投手力と守備力が大前提。攻撃は得点圏に確実に走者を送り、少しずつでもいいから得点を重ねること。それがこのチームには合った戦い方」と話し、機動力を駆使。相手投手のモーションが大きい時には、容赦なく盗塁を仕掛けた。

徹底した機動力野球、主砲・真砂の犠打で決勝進出をつかむ

 典型的だったのが、決勝進出権が掛かったスーパーラウンド第3戦メキシコ戦。同点で迎えた9回、先頭・乙坂智(DeNA)が敵失策で出塁すると、打率は4割超+3本塁打と絶好調だった主砲・真砂勇介(ソフトバンク)にも送りバント指令。結局、このバントが奏功し、日本はサヨナラ勝利で決勝進出を決めた。

「今回すごくよかったのは、投手力や守備力が揃っていたのはもちろん、足の速い選手が多かったこと。そうそうパワーでは勝てないんだけど、そういうこと(足を生かした戦術)だったら全然いける。みんなの意見がうまく合って、本当にうまい人選ができたなって思いますね」

 集まった選手たちは19歳から23歳。選手としては伸び盛りの世代だ。だからこそ、勝利を求めると同時に、選手たちには貴重な国際大会でしか味わえない様々な「経験」を積むことを期待した。

「若い時に国際試合を経験できることは非常にいいこと。まず、他のチームの選手に会えるっていうのがいいよね。僕なんかジャイアンツ一筋だったから、こうやって3週間近く他のチームの人と一緒にいるなんてなかった。このチームで得た経験は絶対に無駄になることはないし、U-23代表として戦ったことで、何かしら自分で感じたことがあると思う。それは人それぞれ違うことであって、自分のチームに持って帰って生かすのか、自分でいろいろ考えるのか。それは本人次第でしょう」

選手のプレッシャーを取り去る笑顔、小さなミスはとがめない懐の深さ

 大会を通じて際立ったのは、監督の懐の深さだろう。試合前に球場入りする時は常に笑顔。試合中は、ベンチ内で誰よりも大きな声を出し、チームの士気を盛り上げた。試合後は、できるだけ選手のよかった点について言及。細かいミスには目をつぶり、「また明日」と声を掛けた。日の丸を背負うプレッシャーで、ややもすると緊張しがちな選手たちが、世界の舞台で自然体のプレーを続け、実力を発揮できたのは、小さなミスはとがめない「元気ハツラツ」を地で行く斎藤監督の笑顔があったからだろう。

 名選手が名監督になるとは限らない、とよく言われるが、通算180勝、2年連続20勝、沢村賞3回という華々しい経歴を持つ殿堂投手は、ピッチャーとしての才覚の他に、指導者としての資質も兼ね揃えていたようだ。

Viewing all articles
Browse latest Browse all 2517

Trending Articles